織物や竹工品や磨製の土器や木工品、そして貝やガラスや瑪瑙(めのう)などの玉を組み合わせた装身具など約160点を収蔵。
太平洋戦争最中の1943年、台湾に渡り工芸の調査蒐集を行った柳は、原始的な織り機で織られた台湾先住民の織物に魅せられ、その美しさを絶賛した。早くに漢民族に溶け込んだ平地に住む平埔(へいほ)族による自生の欄の茎を織り込んだ上着、タイヤル族の首狩りの勇者が着たという貝珠を織りこんだ上着、大陸渡りの赤や黄の毛布を解き糸にして織った縫い取り織りのパイワン族の袈裟衣などいずれも特色あるものである。
そのほか太い竹を曲げて骨組とした家具や、細く割いて編んだ篭もある。
自然との深い繋がりや精霊信仰から生まれた造形文化。それらは日本人や漢民族による強制的な同化政策にも関わらず、生活の道具の中にたくましく保持されてきたのである。